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4.山口県周辺の古墳時代資料


内行花文鏡
伝山口市赤妻古墳
 六弧内行花文鏡。赤妻古墳の石棺内から出土したとの記録の残る資料ですが、詳細は不明です。内行花文鏡は中国の後漢時代を起源とし、わが国では弥生時代の墳丘墓や古墳の主体部などから多数出土しています。本例は国内で製作されたもので、面径は7.4pと小型です。
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白石(山口)茶臼山石棺墓群
 遺跡は山口盆地中央部に延びる鴻ノ峰山麓南支丘の末端部、標高約35mに立地していました。1968(昭和43)年の宅地造成中に総数9基の箱式石棺が発見されました。調査後、すべての遺構が当館敷地内に移築復元されました。弥生時代終末期〜古墳時代前期における墳墓形態と時代変遷が無料で気軽に見学できます。
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須恵器蓋杯
山口市白石(山口)茶臼山古墳
 身、蓋からなる古墳時代の供膳容器。6世紀中ごろの製作と推定されます。なお、古墳は1891(明治24)年に発見、調査された古墳時代後期の円墳で、1893(明治26)年に消失しました。横穴式石室内からは本例のほか、馬具類、銅矛、銅鏃、管玉などが発見されたと伝えられています。
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須恵器広口壺
山口市白石(山口)茶臼山古墳
 古墳時代中ごろの貯蔵具です。5世紀後半に比定されることから、上記供膳具との年代差が考えられます。
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土師器甕
山口市白石茶臼山古墳
 煮沸を目的とする調理具で、須恵器甕とは用途が異なります。器表面には二次的被熱による煤の付着が観察されます。
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長方板革綴短甲
山口市天神山(長楽寺山)1号墳
 鉄製の鎧(甲冑)は、わが国では古墳時代の前期(4世紀)に登場します。本資料は石室脇の西側小部屋に立てた状態で納められていたもので、長方板革綴短甲(ちょうほうばん(いた)かわとじたんこう)に分類されます。5世紀はじめごろ(約1,600年前)の製作と推定されます。長方板革綴短甲とは横長長方形の地板と、帯金とよぶ細長い鉄板を重ね、革ひもで綴じ合わせた鎧のことで、本来は頸周りと肩、上腕部を保護するための頸鎧(あかべよろい)と肩鎧が伴っています。ほぼ完全に復元された本資料は、初期短甲の形態を知るうえで極めて重要な例といえます。なお、本資料は京都大学大学院生(当時)の河野正訓氏らのご協力により、平成19年度末に基礎的な整理復元が完了しました。
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鉄鏃
山口市天神山(長楽寺山)1号墳
 古墳に副葬されていた鉄製の矢尻で、さまざまな形態があります。矢柄は残されていませんが、樹皮を巻いた装着部分については、鉄イオンの働きで一部が遺存していました。1962(昭和37)年の調査で竪穴式石室内部から出土したものです。
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鉄斧
山口市天神山(長楽寺山)1号墳
 古墳に副葬されていた鉄製の斧です。全長4〜6pほどの小形鉄斧については実用品とは考えがたく、古墳供献用に製作された儀器の一種ととらえられます。1962(昭和37)年の調査で出土しました。
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馬具
山口市馬塚古墳
 馬に装着するための道具類のことです。本古墳では馬の口に装着する轡などが出土しています。
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画文帯神獣鏡
柳井市柳井茶臼山古墳
 本例は現存鏡4面のうち唯一の舶載鏡で、約30片に割れた状態で発見されました。推定面径18p、内区には神像、走獣禽像などがうかがえます。古墳は全長約90mの前方後円墳(国史跡)で、柳井湾を望む標高約68mの尾根先端に立地しています。1892(明治25)年に発見され、5面の鏡、銅鏃、鉄剣、玉類などが出土しました。
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