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歴史歴史 |1.大内氏の時代 |2.毛利氏の時代
|3.幕末維新 -1.肖像画  -2.その他
|4.近代国家のあゆみ |5.山口県のやきもの |6.山口博物館のあゆみ

1.大内氏の時代


紙本着色尼子経久像(山口県指定文化財)
 尼子経久(1458〜1541)は、出雲国(現島根県)の月山富田城を居城に、尼子氏の全盛時代を築いた戦国大名です。
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絹本着色尼子晴久像(山口県指定文化財)
 尼子晴久(1514〜1560)は経久の孫です。父政久が早く没したので、祖父経久の死後家督を相続しました。
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大内義興肖像画
 義興(1477〜1528)は戦国時代の大名で、中国地方の西部と北九州の一部を領国としました。また、前将軍の足利義稙が義興を頼って山口に来るとこれを保護し、のち京都にのぼり将軍に復帰させ、管領代として補佐しました。
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尼子氏伝来の具足(鎧)
 尼子氏の一族佐々木氏に伝わったものです。
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尼子氏伝来の具足(兜)
 尼子氏の一族佐々木氏に伝わったものです。
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大内義隆書状
 義隆(1507〜1551)は義興の長男で、大内氏の全盛時代を築きました。大陸との貿易や学問・芸能を振興し、宣教師サビエルに領内の布教を許可しました。重臣陶晴賢の反乱により山口を追われ、自刃しました。この書状は天文18(1549)年5月17日付け、毛利元就にあてたものです。『山口県史』(史料編・中世2)参照。
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大内義隆吹挙状
 義隆が朝廷に敷奏する形をとりながら、家臣に官途を授けた文書です。『山口県史』(史料編・中世2)参照。
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宗祇坐像
 連歌の体系を確立した飯尾宗祇(1421〜1502)は、大内氏の招きで2回山口を訪れました。この坐像は慶長期(安土桃山〜江戸初期)のものです。
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