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歴史歴史 |1.大内氏の時代 |2.毛利氏の時代
|3.幕末維新 -1.肖像画  -2.その他
|4.近代国家のあゆみ |5.山口県のやきもの |6.山口博物館のあゆみ

2.毛利氏の時代


安芸吉田郡山城古図
 毛利氏は南北朝時代以来、安芸国(現広島県)吉田を本拠としました。のち、輝元の時代に広島に移り、関ヶ原の戦いの後、萩に城を築きました。
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毛利氏歴代当主肖像画
 元就から隆元・輝元・秀就・綱広・吉就・吉広・吉元・宗広・重就・治親・斎房・斎熙・斎元・斎広・敬親まで、歴代の毛利氏当主の肖像をまとめたものです。 
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毛利元就感状
 元就(1497〜1571)は弘元の次男で、大永3(1523)年家督を相続しました。当時の毛利氏は大内氏・尼子氏に挟まれ、安芸国の一勢力に過ぎませんでしたが、次第に周辺の家臣を従え、戦国大名としての態勢を整えました。大内義隆死後、弘治元(1555)年厳島の戦いで陶氏を破り、中国地方西部のほとんどを支配下に収めました。この書状は永禄6(1563)年11月20日付け、豊嶋又五郎宛の感状で、伯耆国(現鳥取県)弓ヶ浜での戦功を認めたものです。『山口県史』(史料編・中世2)参照。
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紅地一に三つ星紋旗
 一に三つ星は毛利氏の家紋です。この旗は毛利輝元の時代のものと伝えられています。
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当家制法条々
 万治3(1660)年に制定された萩藩の基本法の中心をなすもので、一般的には「万治制法」と呼ばれています。
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正徳元年朝鮮通信使進物並進物目録(国指定重要文化財)
 朝鮮通信使が通行する際、沿道の諸藩は交通の利便をはかり、丁重に応接しました。これらの品々は、正徳元(1711)年の朝鮮通信使から、萩藩主毛利吉元が受納した応接の返礼品です。人参を除き、黒麻布・黄毛筆・真墨・色紙・栢子・硯石・扇子の品々が伝来しています(写真は、進物のうち黄毛筆・真墨・硯石)。
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進物目録(国指定重要文化財)
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防長土図(国指定重要文化財)
 明和4(1767)年、萩藩士有馬喜惣太が製作した、周防・長門両国の立体の国絵図です。防長の地形を分割して製作されており、これを組みあわせると南北約3m、東西約5mになります。また、周辺の島が92個あります。
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周防長門国絵図
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萩藩藩札 三ふん
 萩藩では、享保15(1730)年に「札遣仕法」を定め、二分、三分、四分、五分、一匁、二匁、三匁、四匁、十匁の藩札を発行しています。また宝暦3(1753)年にも「宝暦札」を発行しています。
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