トップページ収蔵紹介天文 > 3.天文資料 -3.望遠鏡および測器類

収蔵紹介

理工地学植物動物考古歴史天文
天文天文 1.隕石 -1.分類標本 -2.山口県落下隕石2.テクタイト
| 3.天文史料 -1.暦類 -2.古星図 -3.望遠鏡および測器類 -4.天文史跡
| 4.近現代の星図 -1.近現代の星図 -2.近現代の星表
| 5.天体写真 -1.星座 -2.日の出・日の入6.その他

3.天文資料 -4.天文史跡

 日本全国には、天文学者の記念碑や隕石落下地など、天文史跡と呼ぶにふさわしい場所がいくつもあります。その中には、すでに文化財(史跡)に指定され、保護されている箇所もあります。山口博物館の収蔵資料ではありませんが、ここで山口県周辺の天文史跡をいくつか紹介します。(山口県下松市・松村巧さんの協力による)
 いわゆる平成の大合併によって市町村名が大きく変わりつつありますが、ここでは原則として、2005年(平成17年)12月31日現在の名称を用いました。必要に応じて旧市町村名をかっこ書きで加えています。

重力測定記念碑(山口県下関市)
 文部省測地学委員会は、明治中頃から終わりにかけて、全国各地で重力加速度の測定をおこないました。このプロジェクトでは、新城新蔵(京都大学宇宙物理学教室初代教授)などの天文学者が観測に参画しています。この碑はこの地域で重力測定が実施されたことを記念して建てられたもので、下関市長府の県立豊浦(とよら)高校内にあります。
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部坂神兵衛の碑(山口県宇部市)
 部坂神兵衛(へさか しんべえ)(1794-1860)は、今の宇部市東岐波(きわ)に生まれ、若い頃に福岡の亀井塾(1762年、儒学者の亀井南冥が開いた私塾)で学びました。彼が作ったと言われる渾天儀(こんてんぎ)が、宇部市立図書館付設郷土資料館に収蔵されています。渾天儀とは、江戸時代まで使われた天文機器で、星の位置を観測したり、天体の動きを説明するために用いました。
 神兵衛は学問に優れただけでなく、庄屋として地元の発展に尽くしました。この顕彰碑は丸尾港の防波堤修築など、神兵衛の事跡を称えて建てられたもので、宇部市東岐波丸尾の三(さん)神社境内にあります。
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仁保隕石の碑(山口県山口市)
 1897年(明治30年)8月8日午後10時30分頃、山口市仁保(にほ)中郷・井開田(いかいだ)東、信行寺(しんぎょうじ)付近に2個、山口市宮野上・河原付近に1個の隕石が落下し、仁保隕石(1号、2号、3号)と名付けられました。落下当時の記録には「天地俄に変色して青色となり」とか、落下直後の隕石は「いまだ暖気あり」などと記されています。
 落下100年を記念して、仁保隕石の記念碑が山口市の信行寺境内に建立されました。この記念碑は落下してきた方向や、およその高度がわかるように作られています。
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弘鴻の碑(山口県下松市)
 弘鴻(ひろ ひろし)は、1829年(文政12年)に現在の下松(くだまつ)市花岡に生まれ、幼少の頃から数学や暦法に優れていたそうです。慶応2年(1866)の四境戦争(第二次長州征伐)の時には、長州藩への国境が塞がれて暦が入手できなくなり、農民は農作業の時期がわからず困窮しました。この時に弘鴻は暦を作って代官、藩主に献上したそうです。その後、彼は山口明倫館の数学助教、師範学校教諭などを勤め、明治36年(1903)に山口市で没しています。算数・数学、測量関係の著書が多数あります。
 この碑は、これらの弘鴻の業績を顕彰したもので、下松市花岡戎町の閼伽井坊入口(花岡八幡宮参道脇)に建てられています。
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伝・下松隕石落下地(山口県下松市)
 約1,400年前、今の下松(くだまつ)市北斗町の松の木に、大星(隕石?)が落下したと伝えられています。現在この地には金輪(かなわ)神社があり、いまでも1本の松が記念として植えられています。星が松に下ったという出来事が、下松という地名の始まりとも言われています。この写真は、記念の松の木(右)と、「下松発祥の地」の記念碑(左)です。
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玖珂隕石発見地の碑(山口県周東町)
 1938年(昭和13年)に、山口県玖珂(くが)郡周東(しゅうとう)町小畑(こばた)・風子(かざし)地区の地中から鉄隕石が発見され、玖珂隕石と名付けられました。2004年(平成16年)になって、玖珂隕石の事柄が忘れられていくのを残念に思い、地元住民有志によって発見地に玖珂隕石の記念碑が作られています。
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黄道光観測所跡(広島県福山市)
 1935年(昭和10年)、国際天文同盟に黄道光(こうどうこう)部会が新設され、京都大学の山本一清(いっせい)が委員長に就任しました。1937年(昭和12年)には、広島県瀬戸村(現・福山市瀬戸町長和)に、国際天文同盟黄道光部中央局・瀬戸臨時黄道光観測所が建設されました。残念ながら、跡地には観測所の施設や記念碑は残っていません。
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美保関隕石落下地(島根県松江市)
 美保関(みほのせき)隕石は、1992年(平成4年)、松江市美保関町(旧八束(やつか)郡美保関町)の惣津地区に落下しました。重さ6.5kgの石質隕石で、二階建て民家の屋根から地面まで貫通したことで有名です。1994年(平成6年)には落下地に記念碑が建立されました。
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本田實の記念碑(岡山県吉備中央町)
 本田實(1913-1990)は、生涯に彗星12個、新星11個を発見した天体捜索家として有名です(倉敷市名誉市民)。吉備中央町の黒岩山山頂(旧上房(じょうぼう)郡賀陽(かよう)町)には、本田實の観測所「星尋山荘(せいじんさんそう)」が残っています。
 1991年(平成3年)、星尋山荘の脇に記念碑が建立されました。
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富田隕石落下地(岡山県倉敷市)
 富田隕石は、1916年(大正5年)に落下した重さ585gの石質隕石です。1984年(昭和59年)、落下地の倉敷市玉島八島3943番地に記念碑が建立されました。
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